木之下惠美ノート

(社)アロマハンドトリートメント協会理事長 らぼぞうスクール校長 ドイツメデイカルハーブと占星術

ペストとヒトとのあまりにも長い縁、新型コロナウイルスとは…

令和最初の年明けは、新型コロナウイルスとの戦いから始まりました。それはすべての人を多かれ少なかれ巻き込んでしまいました。もう、こいつらとの戦いに気づかなかった日々の感覚を忘れてしまいそう。

一体、今この時が、このやっかいなウイルスとの関係の、どのあたりにあるのだろう、どういうことが起こるのだろう、と思うから、例えば恐ろしい伝染病をテーマにしたカミュの小説「ペスト」が今再燃しています。

ウイルスはヒトの10億分の1の大きさの微生物。人類史上何度も世界中で蔓延した疫病ペストは、細菌のひとつで、ウイルスよりずっと大きく、抗生物質と言う武器が効きます。新型コロナウイルスには抗生物質が効きません。ペストは細胞を持っていますが、新型コロナウイルスは私たちの細胞を宿にして寄生して増えます。

カミュが取り上げたペストの流行は、人類史上何度も繰り返されてきたのですが、特に14世紀のヨーロッパの大流行が歴史上よく知られています。この時期のペスト(黒死病)大流行のはじまりは、10世紀から11世紀に行われた十字軍の遠征であったようです。十字軍がイスラム諸国からヨーロッパへ持ち帰ったものは、多くの財宝や知恵とペストを持ったネズミでした。ペストは何度かの流行りの波を繰り返しながら、ヨーロッパのあらゆる都市から世界中に広まります。これは、都市の人口の急激な増加に、下水施設などの衛生環境が整っていかなかったことも要因でした。14世紀には、ヨーロッパの全人口の約3分の1の人々(イタリアでの被害が甚大であった)が、ペストにより死亡したとの報告もあります。

その後もペスト(黒死病)は、何度かの大量の死者と、迷信的な魔女狩りを繰り返しながら、断続的に流行ります。例えば1665年~66年には、ロンドンでのペストの大流行により、市民の4分の1が死亡しています。この悲惨な大流行の結末は、1666年、ロンドンで起こった空前の大火災により、85%の住宅を焼失したことで、ペストの宿主となるネズミの生息場所を減らすことにより迎えられました。その後、1720年には、ペストによって、フランスのマルセイユで10万人の犠牲者が出ました。ハワイのオアフ島では、1899年に入港した香港からの船により、中国人街を壊滅的な被害をもたらし、それでも流行が止まらなかったため、市が中国人街をすべて焼き払い、多くの犠牲をもたらします。日本には、1899年、神戸港に入港した台湾船の船員から広がり、約30年に渡り、大小の流行を繰り返しながら、収束しました。そして、1900年にはサンフランシスコ、次いでオーストラリアで発生し、1925年までの間に25回の流行を繰り返し多くの犠牲を出しています。

 

ペスト菌は、1894年フランスのパスツール研究所のアレクサンドル・イエルサンと北里柴三郎により、同時期に発見されました。現在は、ペストのDNAを14世紀に埋葬された墓地から採取した遺伝情報から、それまでに判明した系統と合わせて5系統のペスト菌が知られるようになりました。同時にペストの起源が、中国の雲南省で、今から約2600年前にまでさかのぼることも知られるようになったのです。

 

2600年!何と長い戦いでしょう。そして今も世界でペストに罹る人が少なからず出ているのです。

 

新型コロナウイルスとの戦いを、私たちヒトがコントロールすることできるのはいつのことでしょう。心を崩す前にコントロールできるのでしょうか。同時に、心を崩さないことも考えていかないといけない時に来ていると思います。

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木之下惠美